
カゴルマの街には孤児院がある。カゴルマ近辺の幾つかの修道院によって共同運営されている施設だ。
意外かも知れないが、「商人神官」や「あこぎな天使」とまで言われるクレリアが財布を握るタカール修道院が、最も出資し、あるいは人力を提供している。
まあ、彼女にしてみれば、孤児達を他人とは思えないからなのだろうが。
孤児院には数人の職員と10数人の子供達がいる。さらに近所の子供達も遊びにくるため、職員だけでは対応しきれないところがある。
そこで、持ち回りで各修道院から助っ人が来ることになっていた。
子供達に勉強させ、しつけ、食事などの面倒を職員と共同で見るのだ。
今日はタカール修道院の当番日でもあり、クレリアはリリアや他の修道女とともに孤児院を訪れていた。
「ほらテッドくん、危ないからそこから降りなさい。ジムくん泣かしちゃだめでしょう。ほらほらレベッカちゃん泣かないで〜・・。」
子守りとは肉体労働である。
これは特に3〜6才ぐらいの子供相手の時顕著となる。
まして相手が20人前後となるとほとんど戦争である。
今日も今日とて壮絶な様相を見せている孤児院の遊び場で、一人の少女がクレリアに話し掛けた。
「ねえねえクレリアお姉ちゃん」
「なんです? マリアちゃん」
「お姉ちゃんが売れ残りってどーゆーこと?」
ピクッとひきつりかけながらもクレリアはいつも通りの笑顔のまま聞いた。
「……誰がそういうことを言ったんです?」
「テッド」
「ほぉ〜」
マリアの答えに、ついっと冷たい目を向けると、テッドがそろそろと逃げようとするところだった。
「待ちなさい!」
「ひぃ〜?!」
にわかに、クレリアとテッドの鬼ごっこが始まった。
テッドはこの孤児院で指折りのやんちゃ坊主ではあるのだが・・さすがにクレリアにかなうべくもなく、ほどなくしてつかまってしまう。
「まったく。だれが売れ残りですか誰が」
「……だって、姉ちゃんもうすぐ18だろ? なのに、未だに男の1人もいないじゃん」
「ほっときなさい、そんなこと」
もっとも、イタイところを突かれているのだが。
姉はどこぞの騎士とこのごろ妙に仲がいいし、妹は妹で、最近近所の獣医見習いのとこによく出入りしている。
浮いた話がないのはクレリアぐらいなのだ。
彼女だって年頃なのだから、興味がないわけでもない。
取り残されるような気がして焦ったりすることもある。
だが、子供たちの世話や商店でのやりとり、修道院のおつとめ以上に夢中になれるような男に会わないだけなのだ。
「大体、こんな美人をほっとく男が悪いんです」
「自分でゆーか? 普通」
いけしゃあしゃあと口走るクレリアにテッドがツッコミを入れる。
「いいじゃないですか、誰も言ってくれないんだし」
「それに姉ちゃんの場合、性格ブスだし」
「……そういうこと言うのは、この口ですか?」
「ひ、ひはいひはい〜!」
いつものニコニコ顔のまま、クレリアはテッドの口の両端をひっぱった。
そんな二人のいつものやりとりを、笑いながら眺めていたマリアが口を挟む。
「マリア思うんだけど、お姉ちゃんさ、もっとアクセサリーつけるとか、お化粧するとか、もっとおしゃれした方がいいと思うの」
「おしゃれねぇ……」
言われて、少しクレリアは考えこむ。もっとも、さしたる時間はかからないのだが。
「でもお金がかかりますしねぇ」
予想通りの答えに、子供たちはあるいは呆れ、あるいは笑う。
「それ以前に、白髪ババアにゃなにしたって無駄だって。」
「一応お化粧道具は持ってるんですけどね・・。」
テッドの口をまたひっぱりながらクレリアはつぶやく。
持ってると言っても、あまりにしゃれっ気のないクレリアを見かねた姉がくれたものであったりするのだが。
「ねぇひゃん、ひたひっへは〜!」
「少しはこりましたか? もうちょっと言葉には気をつけなさい。人を傷つけるような事は言ってはいけないんですよ」
などと諭しても、そこはいわゆる近頃の子供、そうそう素直に言うことを聞きはしない。
「姉ちゃんのせいで、オレのプリティな唇は傷ついた」
「はいはい」
そんなテッドの言葉をさらっと受け流す。
クレリアが来る時はいつもこんな調子である。
ほとんどの助っ人は大人として子供達と接する。中には良家の子息やお嬢で、孤児達を好まないものもいる。
そんな中、大人より、より子供達に近い姿勢で接するのはクレリアとリリアぐらいのものであるため、二人は姉のようにしたわれていた。
二人とも孤児であったことも大きいだろう。そのリリアはというと――
「姉さまぁ、お昼ご飯できましたぁ」
というわけである。
「わかりました。さ、みんな――」
と言いかけたところで
「リリア姉ちゃんのメシだー!」
「急げー!」
「待ってましたぁー!」
すでに子供達は駆けこんでいた。
「まったく、返事だけはいいんだから」
そうぼやきつつも、ニコニコとクレリアは建物の中に入っていった。
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子供たちが食堂で昼食を摂っている間、クレリアは別室で職員の一人と食事をしていた。
この間に子供たちの様子、あるいは世間の噂といった情報交換をするのが通例となっているからだ。
いつもなら、これといったこともなく、ただの談笑で終わるのだが、この日は違った。
職員の口から出た言葉にクレリアの手が止まり、形のよい眉がしかめられる。
「通り魔……ですか?」
「ええ、そうなんですよ。もう3人程被害にあわれたそうで……」
職員は相づちをうった。
なんでも、ここ数日のうちに殺されたと思われる死体が3体発見されたのだそうだ。
被害者にこれといった共通点が見られないため、通り魔の犯行と見られているらしい。
「まあ、お2人なら大丈夫でしょうが・・私としては子供達が心配で……」
そう職員が心配そうにこぼす。
クレリアやリリアを始めとする修道女達は一通りの戦闘訓練も受けていたりする。
だが、子供たちは・・。ましてや、好奇心が旺盛な年頃だ。
職員の言葉に曖昧な返事を返してクレリアはスプーンを手に取った。
口に運んだスープはへんに味がしなかった。これがリリアのスープでなければとても食べられなかっただろう。
そんな彼女らの心配など知りもしないのが子供たちであったりするのだが。
こういう話に、恐怖どころか好奇心を刺激される子供がままいるわけで・・。
通り魔の噂を近所の子供から聞きつけたテッドがまさにそれだった。
「――おい、聞いたか?」
昼食時間中、テッドがジムに話し掛けた。
「え? なに?」
食事に夢中だったジムはきょとんとした顔で応える。
「通り魔だよ、通り魔の話」
「通り魔? それがどーかしたの?」
いまいちのみこみの悪いジムに対し、しょーがないな〜と言わんばかりにやれやれと大袈裟に首を振ってみせ、にやりと笑ってテッドは続ける。
「わかってねーなぁジム。探しに行こうぜ、度胸だめしにさ」
テッドのとんでもない提案に対して、ジムは思わず大声を出してしまう。
「えー! 危ないよぉ!」
しごく当然の反応であろう。そうでなくても、ジムは気が弱くて引込み思案なのだから。
そう危惧するジムにテッドは手を振りながら言った。
「だーい丈夫だって。すぐに逃げてくりゃいいんだから」
「やめときなさいよテッド。なにかあったらただじゃすまないわよ?」
根拠のない自信とともにけたけたと笑うテッドを、横で聞いていたマリアがたしなめる。
もっとも、たしなめられた程度で収まる彼ではないのだが。
「うるせーなー女はひっこんでろよ!」
「なによ、関係ないでしょ!」
「さーんねーんでーした。あーるんですー!」
「ほら、そこ! 食事中に騒いじゃいけません!」
いきなり始まった口喧嘩を、しかし職員の一括が中断させる。
しかし、やんちゃ坊主を止める効果はなかったのである……。
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その晩、クレリアは妙な胸騒ぎを覚えていた。嫌な予感と言ってもいい。
あんな話しを聞いた後だから、と言ってしまえばそれまでなのだが、そう言って捨てておけない理由があった。
なぜなら、前にもこんなことがあったからだ。
あの時は……などと思いつつベッドに腰かけたとたん、頭の中にイメージが閃いた。
「……子供が通り魔に襲われる?!」
飛び上がるように立ち上がると、盾とサーベルをひっつかんで駆けだした。
……あの時は気のせいだと思っていた。だからあんなことに……。
もっと早く手当てをしていたらジャドンの屋敷の人たちは――。
そんな想いが駆けめぐる。だからあの日から決めたのだ。自分の直感に従おうと。
もし間違いでも、自分が疲れるだけだ。でもあたっていたら――。クレリアの足がはやまった。
「ねぇ、やっぱり帰ろうよぉ……。なにかあったら大変だよぉ……」
しかし、そんなジムをテッドは意に介さなかった。
「心配いらねって。へーきへーき」
テッドの持つランプの明かりだけが道を照らしていた。
夜の街は昼とはまったく違う顔を見せる。
星の光、そしてたまに鎧戸からもれる明かり以外に光はなく、街並みは黒い断崖となってせまってくる。
そしてなにより静寂。
ひびくくつ音がより一層静寂を強く感じさせた。
ゆれるランプの明りにつくられたゆらめく影さえ生き物のように思える。
「やっぱり帰ろうよぉ」
「へ、へっ、こ、怖いのかよ……」
「テッドだって声ふるえてるよぉ」
「クックックックックックッ……」
その時、低い笑い声が忍びよってきた。
「へ、へんな笑い方すんなよ……!」
「ぼ、僕じゃないよ!」
「ってことは……」
後を振り向くとそこには1人の男が奇妙な格好で立っていた。
背中は弓なりに曲がり、膝は今にもくだけそうであるのに妙にしっかりしていて・・なにより、酔っ払いのようにだらしなく垂れた腕には・・・一本のナタ・・・。
「だ、だれだ?!」
テッドの声にも笑えず、男は口を開いた。
「クックックッ今日はガキか……。いいぜぇ、オリャガキも好きだぜぇ。よく泣くし、なにより、やわらけぇもんなぁ」
口はだらしなく開き、目は狂気の光に満ちていた。
「あ、あわわ……」
「たったすったすっ……」
2人とも言葉にならない言葉を発しながら、すくみあがっていた。
逃げなければと思っていても、足が動かない。
「クックックッ怖がりなよ……泣いちまえよ……泣かねんなら……足を切っちまうかな……それとも手かなぁ……」
そんなことを言って男はゆっくりと、千鳥足で2人に近づく。
2人はもはや声を上げることもかなわず、尻餅をついたまま必死で後ずさりすることしかできない。
そんな2人に、男は不満のようだった。
「・・・逃げろよ・・・逃げてくんないと、つまんねぇだろぉ・・・悲鳴もあげねぇしよぉ・・・」
男はさらに近づく。もはや、その手のナタは子供たちに届く距離にある。
「あ〜あ・・・もう終わりかよ・・・」
そう言って男は手に持ったナタをふりあげ……ふりおろした。
2人は目を閉じることもできず、その光景を半ば呆然と見上げ・・・。
その瞬間、キーンと澄んだ金属音がした。突如飛びこんできた影がナタを受け止めたのだ。
「ク、クレリア姉ちゃん?!」
「どうしてこんなとこに……」
「どうしてじゃないでしょう! 嫌な予感がしたから来てみれば……はやく逃げなさい!」
つばぜりをしながら、クレリアは珍しく強い語気で言った。
突然の邪魔者の出現に、しかし男は喜色を浮かべる。
それは、予想外のご馳走の登場に目を輝かせるかのような。ただ、その輝きは狂気の色なのだが。
「クレリア? ……評判の美人姉妹の次女かよ……。いいねぇぜひ斬ってやりたかったんだよ……」
そう言うと男は飛び退いて間合いを取る。クレリアは油断なく構え直しながら、2人を横目に振り返った。
すると、なんと2人とも腰がぬけて立てなくなっており、いまだに逃げ出せずにいるではないか。
当然予想すべきことではあったのだが・・・対応のしようがなく、困ってしまう。
そんなクレリアを、男は待ってはくれなかった。
「よそ見してると危ないぜぇ!」
そう叫びながら斬りかかってきた男の斬撃を受けながし、牽制の突きをいれ、間合いを取り直す。
自分の攻撃を捌ききったクレリアに、男は喜びの色を増す。
「いいじゃんよぉ。見た目よりずっとやるじゃねぇよぉ……。クックックッ楽しいねぇ」
男の声を無視し、クレリアは思案していた。
幸い、男の攻撃は自分の剣術で捌けないほどではない。ことに、防御に関してクレリアは飛び抜けたものがあるのでなおさらだ。
『2人が動けないとなると……こいつを2人から引き離すしかないですね……』
そう決心すると、今度はクレリアからしかけた。
向かえうってきた男のナタを盾で止めサーベルを振り抜く!
鋭く弧を描いたサーベルは浅く男の胸をなぎ、鮮血をほとばしらせた。
瞬間、男の顔から喜びが消え、怒りだけがあらわになる。
「……てんめぇ、オレじゃねぇのに生意気だっ!!」
そう叫び男は防御をかなぐり捨て、激しく斬りかかってきた。
それをクレリアは斜め後ろにさがりながらさばいていく。そしてじょじょにジムとテッドから離れていく。
すでに男の眼中にはクレリアしかなかった。ジムとテッドに目もくれず、クレリアだけを追いかける。
「ヒーヒッヒッヒッ切り刻んでやるよオネーチャン!」
そう叫びつつ放たれた大振りの一撃をよけて、くるりと後を向き走り出す。
「逃げろ逃げろぉ、オレを怖がれぇ!」
男は狂気という快楽に浸ってるかのような顔で追ってくる。
自分が優位であり、相手を追いつめ切り刻むことで快楽を得る・・・一種の快楽殺人症。
男がそうであると踏んだクレリアは、受けに回ることで男の注意を引きつけることにしたのだ。
ひっかかった――そうクレリアは確信した。
このまま警備兵のつめ所まで行ければ――そう思った時だった。道を1人の少女がふらふらと歩いていた。
「レ、レベッカちゃん?! なんでこんなとこに?!」
思わず駆けより抱きあげる。そんなクレリアの様子に構わず、レベッカは口を開く。
「お姉ちゃん……大変なの……ジムとテッドが……いないの……」
半分寝ぼけたままレベッカは言った。
困ったクレリアの背後から、男が追いついてくる。
そこで男が奇妙な行動に出た。ナタを振りかざさずに、ただ両手を振り上げ・・・一瞬、力を溜めたかと思うと、腕を振り下ろす。
「うろちょろすんなぁ『フレイム・バースト』!!」
「キャアッ!!」
すると・・・なんと振り下ろした腕から炎が発せられた。炎はクレリアとレベッカを目指して一直線に突き進む。
間一髪、放たれた炎をさけ、クレリアは路地に逃げこんだ。
レベッカを抱えたまま路地を駆けて行くクレリア。そんな状況でもお小言は忘れなかったりするのだが。
「レベッカちゃん、だからって、なにも出てくることは――」
「行かなきゃいけなかったの、あたしが。でも、お姉ちゃんが来てくれたからいいの」
「あまり、よくないみたいですよ・・・。」
要領を得ないレベッカの答えに困惑しつつ、クレリアは答える。2人が逃げこんだ先は袋小路になっていた。
なすすべなく立ち止まったクレリアの背後から、男がゆっくりとやってくる。
その顔には、絶対の優位を確信したがゆえの狂気じみた愉悦が浮かんでいた。
「クックックッ行き止まりだねぇ。どーするぅ?」
そう言ってまた炎を放つのを、クレリアはなんとか盾で止める。
「な、なんでこんなことが――」
「できるのかって? 教えてあげるよぉ、実はねぇ」
そう言って男はいやらしい笑みを浮かべた。
「ある日急に使えるようになったのさぁ。偉いだろ? 怖いだろ? それを確かめたくてさぁ」
「――だからこんなことをした、と?」
急にクレリアの声が冷たくなった。だが、愉悦に浸る男は、その変化を意にも介さない。
・・・あるいは、気付いてさえいないのかも知れない。
「そのとうりぃ。偉いから何してもいーのオレは」
男は思い出し笑いをしていた。
「前の3人はよかったよぉ怖がって泣き叫んで。でも――お前生意気だぁ!」
笑っていたがの、突如怒りに変り、形相が一変する。
男はまた炎を放ち、後にレベッカがいるためよけられないクレリアはまた盾で止めた。
余波がクレリアのローブを焦がす。しかし、クレリアはまったくかまわず、冷たい目で男を見た。
「万人は神の慈しむものなれど――」
急に厳かな口調で切り出したセリフに、男の動きが止まる。
「かくの如き所在の前には神も我に御助力下さいましょう」
いつのまにかクレリアのともした明りのもと、ライトグレイのクレリアの髪が銀色に輝きなびきだす。
その姿は幻想的で――神々しかった。
「我が名と我が神の御名において――あなたを成敗します!」
男はしばしその威に打たれていたが、気を取り直したらしく、再び攻撃を再開した。
「やれるものならやってみろおぉ!」
雰囲気に圧倒されていたという事実を打ち消すかのように大声を出しながら、男は再び炎を放つ。
せまりくる炎を前に、しかしクレリアは落ちついていた。
そして心の奥底から、声を呼び起こす。
男に対する怒り。殺された人達への悲しみ。そしてなにより、後ろにいるレベッカを守らねばならないという想い。それらが抑え切れなくなった時に聞えてきた、不思議で、懐かしい声を。
「Lulululululu……」
刹那、炎が光に食われた。否、光るなにかに止められた。
それは、幻想的で現実とは思えない光景だった。
クレリアの周囲を光るの球体が飛びかい・・・その球体が、炎を打ち落としたのだ。
「な、なんだそりゃ……」
男の顔におどろきとあせりが浮かぶ。
自分の力が通じないこと、自分以外にこんな力を持つものがいること。
その事実を、男は受け入れられないでいた。
「ウィル・オ・ウィスプ、光の精霊……」
そうつぶやいたのはレベッカだった。レベッカに軽くうなづき、クレリアはつづけた。
「lulululululu……」
ウィスプがクレリアの掲げた手のもとにあつまってくる。そして――
「ウィスプ=クラスター!」
声と同時に手を男めがけて振りおろす!
放たれたウィスプたちは激しい輝きとともに男に襲いかかる。
真昼のような光の中、男は次々とウィスプにはねられる。
そして糸が切れたように男が倒れこむと、唐突に光は消えた。
「……死んじゃったの?」
そう問うレベッカに、わからないと仕草で示し、クレリアは男に近づいた。
「……生きてますね。運がいいんだか悪いんだか」
そう言ってクレリアは男の衣服を利用して、男をしばりあげた。
男は法のもと裁かれるだろう。下らない理由で3人も殺したのだ。極刑は間違いないだろう。
そして、まっとうな死に方をさせてもらえるかどうか――。
そんな考えをしていたクレリアに、突如声がかかる。
「動くな! 警備隊のものだ! ……あれ? クレリアさん? どうしてこんなところに?」
男は顔見知りの警備隊員だった。どう説明したものかわからないので、曖昧な笑みで答えながら、クレリアは返す。
「まぁ、色々ありまして」
そんな彼女の様子に、事情が混みいってるらしいと察した警備隊員はそれ以上追求しなかった。
「ところでこいつは?」
足もとの男に目を落とし、警備隊は聞いた。
「どうやら、こいつが通り魔らしいです」
「へ?! あなたが倒したんですか?」
明日の天気について話しているかのような口調のクレリアに、しかし警備隊員は驚く。
「ええ」
「一体どうやって……?」
至極当然の問いに、しかしクレリアはこの場は誤魔化すことにした。
「詳しい話は明日でいいですか? この子たちを送っていかなければいけないので……」
「まぁ、かまいませんが……この子たちって?」
目の前にはレベッカしか子供はいない。そう不思議がる警備隊員にクレリアはいたずらっぽく笑い、角に向って声をかけた。
「テッドくん、ジムくん、出てらっしゃい」
すると2人が申しわけなさそうに出てきた。二人の様子に、警備兵は合点がいったらしい。
「なるほど、大まかなことはわかりました。では明日の御来訪をお待ちしてます」
そう言うと警備兵は同僚とともに、男をつれて去っていった。
「姉ちゃん、ごめんよ〜」
「ご、ごめんなさい〜」
警備兵が去った後、張りつめていたものが切れたのか、テッドとジムがクレリアに泣きついてくる。
「テッドくん、ジムくん」
クレリアは2人に呼びかけた。2人が顔をあげると、クレリアはパンパンと2人のほおを軽くはたいた。
2人を見る目が少し厳しい。
「……もう、こんなことは二度としないと、約束してくれますね?」
「や、約束するよぉ」
「も、もうしません」
2人はしゃくりあげながら言った。そんな2人にクレリアは優しく微笑みかけた。
「よろしい。……2人とも無事でよかった」
そう言ってそっと2人を抱きしめた。
「お姉ちゃん、あたし、神官になりたい」
帰る途中、レベッカがクレリアの背中でそう言った。
「どうしたんです、急に」
「今日のお姉ちゃんみてたら、あたしもお姉ちゃんみたいになりたいなぁって」
レベッカはどこか夢見るような調子でつぶやいた。
「ねぇ、なれるかな?」
「そうですねぇ」
クレリアはいつもの調子でつづけた。
「まず、信じることですね。神の存在を。神に愛されていることを。すべてはそれからでしょう。
レベッカちゃんはいい神官になれますよ、きっと」
そう言ってレベッカを背負いなおした。その言葉はうそではない。
この子から時折感じる不思議な力は、きっとそうだと思わせるなにかだから。
「オレは戦士になりたい」
テッドは照れたように、強がるように切りだした。
「うんと強くなって、今度はオレが姉ちゃんを守るんだ」
そう顔には強い希望の光があった。そんなテッドの様子にくすくすと笑いながら、クレリアは答える。
「楽しみにしてますよ。でも、そう言うなら、セイア姉さんより強くならないと」
「げっ……セイア姉ちゃん強過ぎだもんなぁ」
げんなりしたテッドを見つつ、ジムはため息をついた。
「いいな……。ボク、なにになったらいいのか、わかんない……」
「あせることはないでしょう。いずれ、見つかる時がきますよ」
ここには三人三様の生命がある。ただそのことが、クレリアにはたまらなく愛しい。
この小さな生命の光こそが彼女の守るべきものなのだと、こんな瞬間にふと実感する。
ただ――この小さな光を脅かす何かが動き始めている――そう感じずにはいられなかった。
『突きとめなきゃ、いけないでしょうね、何が起るのか。そして何をすべきかを』
きっと、今日手に入れた力は、そのための力なのだから。
その決意を胸に、クレリアは子供たちと歩いていった。