半独立都市アーケインは12本の石造りの柱で囲まれている。
柱にはめ込まれた宝玉が『結界』をつくり、街を守っているのだ。
元々は『古の民(いにしえのたみ)』が自分たちの住処を隠すために用いていたものであり、非常時には文字通り街を守る結界となる。
決まった外敵がいるわけではないのだが、世間から見放された人々やワケアリの人々──魔族ハーフや地上に降りてきた『月の民』──が多いこの街では外部からの侵入者を警戒している。
馬車が『門』にさしかかった。
柱の間隔が狭いところが『門』となっており、普段はここだけ結界が消されている。
マーロ:「最近は物騒だからな……。このへんでも野盗とか出るらしいぜ」
御者:「マジですか? それなら結界、閉じておいた方がいいんじゃ……」
マーロ:「簡単に開けたり閉じたりできる代物じゃーないんだとよ。それに、一応砦もあるワケだしな」
御者:「そりゃまあ、そうっスけど……」
そんな話をしているうちに、自警団の砦が視界に入ってきた。
マーロ:「ん……?」
遠くてよく分からないが……誰かが倒れているのが見える。
柔らかい木漏れ日。木々のざわめき。鳥の声。そんなのどかな風景の中で……そこだけが非現実的だった。
プレイヤーC:気づかずに馬車でその上を素通りしてしまうんだね。
GM:なんてことを(笑)。
プレイヤーD:轢いた後に、「轢いてないよぉ〜」と訴えるとか。
プレイヤーF(以後シュリ):それじゃあんまりだから、踏まないようによけて通る。
プレイヤーP:……それで終わり?
シュリ:だってあたし、一番後ろの馬車よ? 普通、先頭の馬車が気づいて止まって、それでようやく何事だろうって前を見る、ぐらいしかできないでしょ?
GM:それはまあ、そうだけど……。――じゃあ、マーロが御者に言って馬車を止めさせたことにしよう。
プレイヤーP:オトコ? オンナ?
GM:女性だね。白髪の女性。うつぶせに倒れているから顔は見えないけど。
シュリ:じゃあ……人が倒れてるって聞いてから、駆け寄って心配するそぶりを見せよう。
一同:そぶりかい!
シュリ:ちょっとプレイヤーE(とゆーかサリース)のマネをしただけだってば。
GM:……そんなんマネしたってアカンやろ。
シュリ:(びしっと指差して)「負傷者発見! 誰か来てください! 誰か来てくださーい! ──大丈夫ですか? 大丈夫ですかー?」
プレイヤーD:「川口さーん!」
誰だ、それは。
シュリ:抱え起こしてみるよ。
GM:白髪だけど若い女性だね。規則正しく呼吸はしてるようだけど、ピクリとも動かない。
シュリ:そっか。参ったな……。
プレイヤーC:すっすっ、はー! すっすっ、はー!
プレイヤーD:そーゆー呼吸してたらヤだな……。規則正しくはあるけど。
シュリ:顔色とかは?
GM:非常にいいね。……つーか、顔見知りだけど。
シュリ:へ?
GM:自警団の、シア=ブランクだよ。白髪族(のハーフ)の娘で、16歳。白い髪に白い肌、赤い瞳が印象的。
シュリ:自警団の人だったのね。……てことは、内紛?
プレイヤーC:アーケインって、何人ぐらい住んでるの?
GM:そーだなぁ……700〜800人ぐらい。
プレイヤーD:(住民一覧表を見て)じゃあ、ここに載ってる人たちのことは知ってていいの?
GM:いいよ。その中の誰と特に仲良くなるかは君ら次第だけどね。
プレイヤーD:なるほど。
と──砦から人が歩いてくるのが見えた。アクビをしながらだるそうに歩いてくる。
カーキだ。
青く染めた髪が、風でわずかにゆれている。
シュリ:内紛……のワリには緊張感がないなー……。
カーキ:「おう、シュリ、帰ったのか」
シュリに声をかけてから抱き起こされたシアを見て──
ぼこっ
いきなり、頭を蹴った。
シア:「……うにゃ?」
カーキ:「起きろ、おら」
シア:「はい。……おはよーございますぅ……」
プレイヤーP:……ひょっとして、寝てただけ?
GM:そーだよ。
プレイヤーP:こんな道の真ん中で? そういう人なの?
GM:そういう人だよ。
プレイヤーC:第三部に似たような人がいたからあまり驚かないけどね。
プレイヤーD:マンホールの中で寝てた人か。
カーキ:「ワリーな。コイツは俺が連れてかえるから、行っていいぜ」
シュリ:「そう? じゃ、お願いね」
そう言って馬車に戻るシュリ。馬車がシアをよけて進み始める。
カーキ:「おし、いくぞ」
ずるずるずる……
シア:「くぅー……」(寝てる)
シュリ:「………………」
カーキがシアの足を持って引きずっていくのが、馬車から見えた。
スティールはグラスを磨く手を止め、壁にかかった時計に目をやった。
お昼の少し前──そろそろ馬車が着く頃だ。
「ユリア」
スティールはモップ片手に店の中をうろうろしている──本人は掃除をしているつもりらしい──少女に声をかけた。
「はーい」
元気のいい返事とともに、ユリア=スートが顔を上げた。それにつられて両側で結んだ髪の毛もぴょこんとはねる。
「いくつかお願いしたいことがあるんだが、いいかな?」
「はい」
ユリアはモップを壁に立て掛けると、スティールの方にとてとてと歩いてきた。14歳のワリには随分幼く見える。……外見も、行動も。
「ちょっとしたお使いと……あと、もうすぐ広場に馬車が着くはずだから、頼んでいたものを受け取ってきてほしいのだけれど」
「はい、分かりました。……お使いというのは、何れすか?」
「ああ、この間教会のシルヴァさんに夕飯のオカズをいただいただろう? そのときのお皿を返してきてほしんだ。あと、これは料理のお礼のお菓子。子供たちにね」
「はい」と返事をして、お菓子だけを受け取るユリア。
「ユリア、皿も」
「ああ、そうれした。ごめんなさい」
皿を渡しながらスティールは少し不安になった。お菓子も教会に着くまで残っているかどうか……。
ユリアは料理が苦手だ。掃除も得意ではない。そんな彼女が酒場で働いているのは、バウンサー(用心棒)として雇われているからだ。
歳も若いし小柄だが、彼女は『忍天道』64流派のうちのひとつ、”流風闘<ルフト>”の使い手である。空気のように相手の攻撃をかわし、相手のわずかな力の流れを利用して投げ飛ばす。
「お酒とかいっぱいあるから、持ち切れないようなら誰かに手伝ってもらうといい」
「はーい! では、いってきまーす!」
元気よく飛び出していったユリアに、スティールは苦笑いしながら手を振った。