そこは、お墓というより遺跡といった方が正しいような、奇妙な建造物だった。
長い年月に朽ち果てた、だが神聖なかんじがする……
聖柩──
ビッケの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
ニーヴェはイリスを外に待たせると、ひとり中へ入っていった。
ニーヴェ(ネメシス):「これって……お墓参りっていうのかしらね……」
空っぽの柩を前にしてぼやくニーヴェ。
アールマティにあった『聖柩』は、密かにヴェルザンディに運ばれていた。
主のいない柩。
かつて、ソフィアとクリシュナが眠っていた場所。
そして、アールマティと地上を結ぶ『天の回廊』への入口。
ニーヴェ:「久し振りにアールマティに帰るのもいいわね……」
そう思ったりもしたが……イヤな予感がして、ニーヴェは足早に『聖柩』を後にすることにした。
この直後、ニーヴェはビッケから「ゲオルグ襲来」の知らせを受ける。
ニーヴェは知る。
『大いなる遺産』のひとつ──『メルカバー』が復活したことを。
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・テーレ1136 空中要塞『メルカバー』内部 タナトスの私室
『メルカバー』──それは、空を渡る巨大な要塞。
タナトス:「そろそろいいかな」
砂時計の砂が落ち切るのを見て、タナトスはティーポットに手をのばした。
白い湯気と共に、ルビー色のアップルティーがカップに注がれていく。
上品な木製の家具でまとめられた、どこか宮廷を思わせるような部屋だった。
銀の縁取りがしてあるゆったりした黒衣に身を包んだタナトスは、しばし紅茶の香りを楽しんだ後、傍に置いてあったクッキーに手をのばした。
ヒュプノス:『……ずいぶんと優雅なものだな』
その声に手を止め、タナトスは声の主の方に目をやった。
タナトス:「ヒュプノス……入るときはノックぐらいしろ」
どこかエキゾチックなかんじのする仮面と、赤と黒を基調にしたマント。声の主──ヒュプノスは鼻で笑い、言った。
ヒュプノス:『そういうことは、扉を使うヤツに言うもんだ』
タナトス:「……確かに」
ひょいっと肩をすくめ、タナトスはヒュプノスの分のカップに手をのばし……止めた。
タナトス:「あ、そうか」
ヒュプノス:『お茶を味わう楽しみは、ずいぶん前に忘れてしまったよ』
『ヒーメル』の“呪い”により、ヒュプノスの身体は何千年もの間朽ち果て続けている。マントの下は骨と皮しか……いや、皮すらもう、ほとんど残っていないだろう。
ヒュプノス:『100年ごとに死を迎える“死の王”に、永遠に眠ることを許されぬ“眠りの王”か。……笑えぬ冗談だ』
タナトス:「せめて生まれ変わるって言ってくれないか? 記憶だけが、だけど」
タナトスは紅茶の入ったカップを手に取り、椅子に腰掛けた。懐かしい、アールマティ製のものだ。造りが丁寧で座り心地がいい。
タナトス:「それにしても、スゴイものを掘り返したもんだ」
ヒュプノス:『アポリオンのヤツらが、ずいぶんと力を入れていたからな』
タナトス:「『アポリオンの亡霊』……ゲオルグって人のことだな」
ヒュプノス:『アイツは随分とよくやってくれている。手を組んで正解だったよ』
タナトス:「さーてね、どっちが利用されているのやら」
タナトスの言葉に、ヒュプノスがくぐもった笑い声を上げる。
ヒュプノス:『どちらでも構わんさ』(あの男が……『ゲオルギウス』であったとしても、だ)
タナトス:「『大いなる遺産』……か。その先に待っているのは、希望なのか絶望なのか」
ヒュプノス:『その先に何を望む……。百万の富か、世界の王か、はたまた永遠の命か……』
仮面の男は……かすかに笑ったようだった。
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ヒュプノス。ヒュウ。
俺の親友。同族。仲間。ともに『呪い』を受けたもの。
朽ち果てる運命にある男。
仮面の男:『ほう……。これはまた、懐かしいものを見つけたな……』
シェオール:「懐かしい……? ……『十六夜』のことか……? ──貴様、何者だ……?」
仮面の男:(違う……懐かしいのはお前の顔だ、ゲオルギウス)『そういえばまだ名乗ってなかったな……。私の名は──ヒュプノス』
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ヒュプノス:『目障りなバギーだ……』
ヒュプノスがバギーに手をかざすと、ボンネットがメコメコッと盛り上がってゾンビが姿を現し、エンジンに引火して大爆発を起こした。
ビッケ:「クッ!」
とっさにその場から飛びのくビッケ。が、少し遅れた。
ビッケ:「ふうう……。さすがにダメージを食らったか……」
カー:「とんでもないカウね……。下手したらここが崩れちゃうカウ」
ヒュプノス:『ん……?』
爆炎の中に、トパーズの顔が浮かび上がる。それを見てヒュプノスが喉の奥で笑った、ように見えた。
ヒュプノス:(トパーズに近づきながら)『ほう……こいつは……』
トパーズ:「な、なに……? こっち来ないでよ……」
ヒュプノス:『まさかとは思うが……“メファシエル”か……? ク……ククククク……こいつはいい。これはおもしろいものを見つけた……』
トパーズ:「メファ……なに……?」
ヒュプノス:『ククク……“ヒーメル”……そして“メファシエル”か……。ククク……クククククク…………』
笑い声を残し、ヒュプノスは姿を消した──
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ヒュプノス:『クククククク……』
リルル:「……なんでこんなところに……」
ヒュプノス:『……時は満ちた。“娘”を渡してもらおう……』
ゼナ:「娘……?」(リルルを見る)
リルル:「………………」
ゼナ:「そんなことはさせない!」(リルルをかばうように立つ)
ヒュプノス:『そうだな……ヒーメルは根絶やしにせねば……』
ヒュプノスの右手に、『魔力』の光が収束していく。魔力弾をまともに食らい、転倒するゼナ。意識は朦朧としている。ヒュプノスは、さらに『魔力の刃』をリルルに放った。
ゼナ:「リルルぅ!!」
リルル:「きゃああああ……!!」
刃が容赦なく少女の身体を切り刻み、鮮血が宙に舞う。
ヒュプノス:『クククククク……』
ヒュプノスの両手が『魔力』で輝く。そして──ゴーヴァの右腕が吹き飛んだ。
ゼナ:「ゴーヴァぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
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ヒュプノス:『生き延びたいかね?』
リューセ:「トーゼンですゥ」
ヒュプノス:『では、お前たちにこれ以上危害を加えないことを約束しよう』
アルバス:「てゆーかお前ら、助けてほしいならそれなりの態度ってモンがあるだろ」
ゼナ:「なんでそっちの味方なんですかッ!(笑)」
ニーヴェ:「──アルバス……いくのですか……?」
アルバス:「…………。ええ」
ニーヴェ:「ならば…………私もいきましょう」
ヒュプノス:『そうか……お前も来るか───ネメシス』
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ヒュプノス:『ちょっとした挨拶だよ。……そろそろ、よろしいのでは?』
アルバス:「こいつらごときに『力』を使うのもどうかと思うが……まあいい」
アルバスが手をかざすと──音なき音とともに、オードーの斧が跡形もなく消えた。
更に、青白い雷が、パーティーに襲いかかる!
ヒュプノス:『……楽しんでおられますか?』
アルバス:「まあまあだな」
トパーズ:「ねえ、何しにきたの?」
アルバス:「別に。やりたいことをやりたいようにやってるだけだ」
オードーに続いて、マフィまでも『消滅』させるアルバス。
トパーズ:「マフィ消えちゃった……。──アルバス……。アルバスは……何を望んでいるの?」
ヒュプノス:『望むこと? ──それはお前たちの……死だ』
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その男は、かろうじて原型をとどめている甲板以外を吹き飛ばすと、中から死体を引きずり出した。まだかろうじて息がある者には、ゆっくりとトドメを差す。そして、鉄の棒で作った即席の『十字架』に張り付けていく。
この行為自体に意味はない。
単なる、余興だ。
生あるモノが死んだことに対する、自分なりの『祝福』だ。
月の光が、十字架を鈍く銀色に輝かせる。血の赤は、闇色と化す。
『満月が近い……』
仮面の奥で、男は──ヒュプノスは笑う。そして、自らも闇と化した───
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ヒュプノス:『来たか……愚かなるヒーメルの末裔たち。──神であるオファニエルを殺し、その身体を辱めただけに飽き足らず、その血肉を用いさらなる欲望を満たした罪深き者よ』
ヒュプノスの瞳に、鬼火のような炎が宿る。
ヒュプノス:『──今こそ女神復活のとき。女神は再び蘇り、ネフィリムは女神とともにある。母と子の楽園に卑しき知恵をもつ蛇はいらぬ。……全てを捧げ、後悔とともに塵<チリ>となるがいい!』
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ヒュプノス:『ふ……ははは……これが……これが死か……。は……ははは……』
ぱらぱらと崩れるように、ヒュプノスの身体が消えていく。
ヒュプノス:『わ……我ら三人に正しき命を……。ネフィリムに未来を……。……我らが子よ……未来は……お前の手の中に……』
生あるモノが死んだことに対する、自分なりの『祝福』──アイツはそう言った。
ヒュプノス……俺の仲間。俺の同族。
柔らかなくせっ毛も。クールな瞳も。もう二度と見ることはできなかった。
朽ち果てゆく男。
狂気に溺れた男。
誰よりも『ネフィリム』の繁栄を夢見ながら……自らの手でその嬰児たちを殺していった男。
誰よりも『命』を憎み、誰よりも『命』を欲した──
哀れな……俺の仲間。
それが……ヒュプノス。


