OP.3[夜毎、神話がたどりつくところ]-a tale for you- 06

 自警団の寮 シュリの部屋──

 枕もとのチェストに置かれたロウソクが、ジジッと小さく音を立てて黒いススを飛ばす。

 そのチェストから取り出した魔法銃を手に、シュリはアーケインに来るまでのことを思い返していた。
 

 あの日。

 あの真っ暗な部屋から助け出された日の夜。

 5年ぶりに見た父の顔。

 嬉しかった。

 でもそれと同じくらい、憎くもあった。
 

 ……あたしは、ちゃんと話もしないまま宿を飛び出してしまっていた。
 

 今でも時々思い出す。

 暗い部屋。得体の知れない機械音。浮かび上がる標的。

 あの部屋ではいつも誰かに監視され、いつも生命の危険に冒されていた。

 今思えば、それは錯覚だったのかもしれない。
 

「♪忘れることはできなくても、それを気にしなくなることはできるよ♪」
 

あの時助けてくれた詩人っぽい人の言葉。

最近は明かりを消して、独りでも眠れるようになった。
 

「……水でも飲みにいこう」
 

 ベッドから起き上がり、扉のほうに歩く。ヘアバンドを外したせいで目にかかった前髪をかき上げる。

 途中でチェストに魔法銃を戻し忘れたのに気づいたが、面倒なのでそのまま腰のホルダーに収めた。

 ノブに手をかけて扉を押す。

 ──その目の前に、ファン・ルーンが立っていた。
 

「……あ……すまん。ちょっと話を、と思ったんだがな……」

「………………。……すまん、って、別に悪いことしてたわけじゃないでしょ?」

「いや、まぁ……それはそうなんだが」

「とりあえず、そこどいてくれない?」

「ん。……あぁ、邪魔だったか」
 

 一歩下がって道をあける。

 何か言いたそうだったが、シュリはかまわず歩き出した。

 やや遅れてルーンがついてくる。
 

 特に会話も無く、キッチンに着く。

 シュリは戸棚から自分のカップを取り出すと、流しの脇にあったポットから誰かが沸かしていたお茶を淹れた。

 フウゲツ用と思われるカップが乾かしてあったので、それにも一杯。

 2つのカップを持ったまま、食卓の椅子に座る。
 

「飲む?」

「あぁ、せっかくだから頂こう」
 

 ルーンが向かいに座る。

 静かなキッチンに、二人がお茶をすする音が響く。
 

「……なぁシュリ、あの時のことなんだが」

「その話は今ここで、したくない」

「………」

「……そうだ。これ、返すね」
 

腰のホルダーから銃を取り出し、テーブルの上を滑らせる。
 

「あたしに、悪いことしたと思ってる?」
 

 聞くまでも無いことだが、一応、聞いてみる。
 

「勿論。だから……」

「そう思ってるんならさ」
 

 ルーンの言葉を遮ってシュリは話を続けた。
 

「もっとこう、おいしいものとかおごってくれながら話してよ。じっくり時間をかけて」

「え?」

「こっちに来てカレンダーも見たし、時間の流れを変えてしまう機械のこと、知ってるコからも話を聞いた」

「………」

「……嘘じゃなかったのね。……──あの時は酷いこと言ってごめんなさい」

「いや、それは別に……」

「でも、あなたのせいであたしがひどい目にあったのは間違いないでしょ?」

「あ、あぁ。それは……」

「だから今度の仕事が終わったら、じっくり謝ってもらうわ。……それ」
 

 シュリは右手をカップに添えたまま、さっき返した銃を指差す。
 

「そんなものじゃなくって、もっと年頃の娘が気に入るようなもの、その時には用意してね。──お父さん」
 

 両手で抱えていたカップをテーブルの上に置いて、
 

「ね、……お父さん」
 

 今度は真っ直ぐに、目を見て言った。

 アーケイン 地底湖──

 ファン・ルーンの話によると、<ウロボロス・システム>の再構築には一晩かかるらしい。

 そして夜明けと共に、この街の『結界』は消えてしまうだろう、と。

 天井の穴から、夜の光が降りてきている。

 フウゲツは湖のほとりにいた。

 赤ん坊の体温。波の音。夜のにおい。春とはいえまだ夜は寒い。そろそろエスペルプレーナの中に連れていった方がいいのかもしれない。
 

 ──りぃん
 

 また、あの音がした。空間が震える音。

 そして、目の前の世界すべてがその姿を変えた。どこまでも続く、水の世界に。

 オルディネールは、湖のほとりで夜の音を聞いていた。

 傍らにいるのはミュスカディ。そして地面に突き刺さっている『朔夜』だ。
 

 ……音は少しずつ大きくなっている。空間が震える音。

 もう少しで逢える。彼に。

 そして、目の前の世界すべてがその姿を変えた。どこまでも続く、水の世界に。
 

オルディネール:「ああ……やっと逢えましたね。ラグランジェ」
 

 見えないはずの目が、確かに彼の姿を映している。

 わずかに波打つ水面に、彼は立っていた。
 

オルディネール:「そして、生きていてくれて何よりです。ロートシルト」
 

 呼びかけに反応するように、『朔夜』がその姿を変えた。30半ばほどの、男性の姿に。

 その姿を見たミュスカディが目を見開いている。
 

ミュスカディ:「ロート……シルト……? なんで……?」

ロートシルト:(ニヤリと笑う)

ミュスカディ:「え……? ちょっと待ってよ、アナタ、ツェラーに首を……」

ロートシルト:「"刃物"は首を斬られたぐらいじゃ死なない。……それに、死んだと思ってたのはお互い様のはずだ、ミューズ」

ミュスカディ:「私のこの身体は、クローンだもの」

ロートシルト:「あー、あの診療所のねーちゃんか」

ミュスカディ:「オルディ、アナタ知ってたのね?」

オルディネール:「ツェラー……リューデスが本気ではないだろうとは思っていましたけど」

ロートシルト:「……いや、思いっきり首を飛ばされたんだけどな」
 

 おそらくその言葉が刺激したのだろう。何もない空間から湧き出るように、黒い鎧に身を包んだ長身の暗殺者が姿を現した。
 

ミュスカディ:「……幻覚?」

ツェラー:「………………」

ラグランジェ:「そして──」
 

 まるで祈りの言葉をささやくように。
 

ラグランジェ:「これで『六葉』全員集合ですね──」
 

 5人の前に、黒い翼の天使が降臨した。

 それから6人はいろいろなことを話した。昔のこと。今のこと。そしてこれからのこと。

 月蛇<ウロボロス>がくれたささやかな奇跡を少しずつ浪費し、朝を迎えた。

 最後に別れの言葉をかわし。

 その場にはオルディネールとミュスカディ、そして一本の剣が残った。

 それからフウゲツはノエルといろいろなことを話した。昔のこと。今のこと。そしてこれからのこと。

 月蛇<ウロボロス>がくれたささやかな奇跡を少しずつ浪費し、朝を迎えた。

 最後に別れの言葉をかわし。

 その場にはフウゲツと、ぐっすり眠った赤ん坊が残った。
 

 ──この日、アーケインの『結界』は消滅し、アーケインはただの平凡な街となった。



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