枕もとのチェストに置かれたロウソクが、ジジッと小さく音を立てて黒いススを飛ばす。
そのチェストから取り出した魔法銃を手に、シュリはアーケインに来るまでのことを思い返していた。
あの日。
あの真っ暗な部屋から助け出された日の夜。
5年ぶりに見た父の顔。
嬉しかった。
でもそれと同じくらい、憎くもあった。
……あたしは、ちゃんと話もしないまま宿を飛び出してしまっていた。
今でも時々思い出す。
暗い部屋。得体の知れない機械音。浮かび上がる標的。
あの部屋ではいつも誰かに監視され、いつも生命の危険に冒されていた。
今思えば、それは錯覚だったのかもしれない。
「♪忘れることはできなくても、それを気にしなくなることはできるよ♪」
あの時助けてくれた詩人っぽい人の言葉。
最近は明かりを消して、独りでも眠れるようになった。
「……水でも飲みにいこう」
ベッドから起き上がり、扉のほうに歩く。ヘアバンドを外したせいで目にかかった前髪をかき上げる。
途中でチェストに魔法銃を戻し忘れたのに気づいたが、面倒なのでそのまま腰のホルダーに収めた。
ノブに手をかけて扉を押す。
──その目の前に、ファン・ルーンが立っていた。
「……あ……すまん。ちょっと話を、と思ったんだがな……」
「………………。……すまん、って、別に悪いことしてたわけじゃないでしょ?」
「いや、まぁ……それはそうなんだが」
「とりあえず、そこどいてくれない?」
「ん。……あぁ、邪魔だったか」
一歩下がって道をあける。
何か言いたそうだったが、シュリはかまわず歩き出した。
やや遅れてルーンがついてくる。
特に会話も無く、キッチンに着く。
シュリは戸棚から自分のカップを取り出すと、流しの脇にあったポットから誰かが沸かしていたお茶を淹れた。
フウゲツ用と思われるカップが乾かしてあったので、それにも一杯。
2つのカップを持ったまま、食卓の椅子に座る。
「飲む?」
「あぁ、せっかくだから頂こう」
ルーンが向かいに座る。
静かなキッチンに、二人がお茶をすする音が響く。
「……なぁシュリ、あの時のことなんだが」
「その話は今ここで、したくない」
「………」
「……そうだ。これ、返すね」
腰のホルダーから銃を取り出し、テーブルの上を滑らせる。
「あたしに、悪いことしたと思ってる?」
聞くまでも無いことだが、一応、聞いてみる。
「勿論。だから……」
「そう思ってるんならさ」
ルーンの言葉を遮ってシュリは話を続けた。
「もっとこう、おいしいものとかおごってくれながら話してよ。じっくり時間をかけて」
「え?」
「こっちに来てカレンダーも見たし、時間の流れを変えてしまう機械のこと、知ってるコからも話を聞いた」
「………」
「……嘘じゃなかったのね。……──あの時は酷いこと言ってごめんなさい」
「いや、それは別に……」
「でも、あなたのせいであたしがひどい目にあったのは間違いないでしょ?」
「あ、あぁ。それは……」
「だから今度の仕事が終わったら、じっくり謝ってもらうわ。……それ」
シュリは右手をカップに添えたまま、さっき返した銃を指差す。
「そんなものじゃなくって、もっと年頃の娘が気に入るようなもの、その時には用意してね。──お父さん」
両手で抱えていたカップをテーブルの上に置いて、
「ね、……お父さん」
今度は真っ直ぐに、目を見て言った。
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ファン・ルーンの話によると、<ウロボロス・システム>の再構築には一晩かかるらしい。
そして夜明けと共に、この街の『結界』は消えてしまうだろう、と。
天井の穴から、夜の光が降りてきている。
フウゲツは湖のほとりにいた。
赤ん坊の体温。波の音。夜のにおい。春とはいえまだ夜は寒い。そろそろエスペルプレーナの中に連れていった方がいいのかもしれない。
──りぃん
また、あの音がした。空間が震える音。
そして、目の前の世界すべてがその姿を変えた。どこまでも続く、水の世界に。
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オルディネールは、湖のほとりで夜の音を聞いていた。
傍らにいるのはミュスカディ。そして地面に突き刺さっている『朔夜』だ。
……音は少しずつ大きくなっている。空間が震える音。
もう少しで逢える。彼に。
そして、目の前の世界すべてがその姿を変えた。どこまでも続く、水の世界に。
オルディネール:「ああ……やっと逢えましたね。ラグランジェ」
見えないはずの目が、確かに彼の姿を映している。
わずかに波打つ水面に、彼は立っていた。
オルディネール:「そして、生きていてくれて何よりです。ロートシルト」
呼びかけに反応するように、『朔夜』がその姿を変えた。30半ばほどの、男性の姿に。
その姿を見たミュスカディが目を見開いている。
ミュスカディ:「ロート……シルト……? なんで……?」
ロートシルト:(ニヤリと笑う)
ミュスカディ:「え……? ちょっと待ってよ、アナタ、ツェラーに首を……」
ロートシルト:「"刃物"は首を斬られたぐらいじゃ死なない。……それに、死んだと思ってたのはお互い様のはずだ、ミューズ」
ミュスカディ:「私のこの身体は、クローンだもの」
ロートシルト:「あー、あの診療所のねーちゃんか」
ミュスカディ:「オルディ、アナタ知ってたのね?」
オルディネール:「ツェラー……リューデスが本気ではないだろうとは思っていましたけど」
ロートシルト:「……いや、思いっきり首を飛ばされたんだけどな」
おそらくその言葉が刺激したのだろう。何もない空間から湧き出るように、黒い鎧に身を包んだ長身の暗殺者が姿を現した。
ミュスカディ:「……幻覚?」
ツェラー:「………………」
ラグランジェ:「そして──」
まるで祈りの言葉をささやくように。
ラグランジェ:「これで『六葉』全員集合ですね──」
5人の前に、黒い翼の天使が降臨した。
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それから6人はいろいろなことを話した。昔のこと。今のこと。そしてこれからのこと。
月蛇<ウロボロス>がくれたささやかな奇跡を少しずつ浪費し、朝を迎えた。
最後に別れの言葉をかわし。
その場にはオルディネールとミュスカディ、そして一本の剣が残った。
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それからフウゲツはノエルといろいろなことを話した。昔のこと。今のこと。そしてこれからのこと。
月蛇<ウロボロス>がくれたささやかな奇跡を少しずつ浪費し、朝を迎えた。
最後に別れの言葉をかわし。
その場にはフウゲツと、ぐっすり眠った赤ん坊が残った。
──この日、アーケインの『結界』は消滅し、アーケインはただの平凡な街となった。


